代表メッセージ

小学生のときはプロ野球選手になりたかった

中川:
まず三角さんのバックグランドから教えてください。社長と会長お二人共野球を長くやっていらっしゃったのですね。
三角:
そうですね。小学生のころから、「巨人の星」のような家でした。そして、川越にある秀明学園という中高一貫の全寮制の学校で野球部に入りました。僕らのときはまだ男子校でしたね。
中高一貫の全寮制男子校という、日本ではめずらしい学校でしたね。
中川:
厳しそうな学校ですね。
三角:
兄(現会長)が先に入学していましたので、不安もなく入学しました。全寮制ですから、自然とコミュニケーション能力や人間力は身に付いたと思いますね。学生時代は野球漬けでした。将来についても会社を継ぐという気持ちも全然ありませんでした。小学生のときはプロ野球選手になりたかったし、高校生になって進路を訊かれたときにも「ホテルマンになりたい」と答えていましたね。
中川:
意外ですね。その後、気持ちは変わったんですか?
三角:
僕は高校2年生のときに甲子園に行くことができ、そのおかげで大学にも推薦で受かりました。
それなのに大学に入ってから野球を辞めてしまって……ボーっとしてたときにKSPでアルバイトで働くようになったんです。

でも僕が会社を手伝うようになったら待っていたように両親が離婚。
親父は社長。母親は経理を担当していました。
母親からハンコも「よろしくね」と渡されて、そのまま大学3年生、4年生なり、進路どうしようかな? と考えていました。
その当時の僕は大学に通いつつ月収10万円ながら、取締役だったんですよね。

ちゃんと学校行ってから、会社来てね。経理の伝票を書いて……。
家の仕事だからとだらだらやるのもどうなのかな? でも会社のおかげで学校も行かせてもらえたし、甲子園にも行くことができた。恩返しというわけではないですけど、両親が作ったこの会社を守っていきたいと思いました。

 

チームワークの面白さに気づかせてくれたのはワールドカップのイベント

中川:
早く事業承継をしたい、という風にお考えだったんでしょうか?
三角:
いえ。そもそも僕がトップになるということを考えていませんでした。「警備業以外の新しい事業を取り入れていくと良いのではないか」と考えてもいましたし、正直に言うとリスペクトする気持ちが中々芽生えませんでした。二回ほど、父(当時の社長)と大喧嘩して出ていきました。

しかし、2002年のサッカーワールドカップのイベント警備を責任者としてやり遂げてから、やっと警備の仕事に興味を持つことができました。イベントの仕事ってチームワークが大切なのです。
イベント隊というのを立ち上げてね、大垣君※2を隊長にして、自分が野球の監督になったようなつもりで、君は声が出るからこのポジションね、君は誘導が上手だからここね、じゃあ大垣キャプテンお願いねって。

そうやってチームプレーで一つの仕事をして終わった後のみんなでやり遂げた達成感っていうのが心地よくて。
大学1年生で入った子たちが、最初は弱々しかったのに先輩が指導して、その気になるとどんどん成長するんですよ。それがうれしくて。そして世代交代していって。イベント隊が部活のような雰囲気になりました。

その時に、将来自分が経営者になった時にも同じような想いで仕事をすればいいんじゃないかと気付きました。適材適所に人を配置して、人を育てて組織を動かしてみんなで目標を達成していくんだと。こう思ってからは、警備の仕事が好きになりましたし、辞めたいと思うこともなくなりました。

 

部員数24人での甲子園出場と中小企業経営

中川:
今いるこのメンバーで優勝するぞという三角社長のプレースタイルが経営にも表れているんですね。
三角:
中小企業だからこそできるチームプレーがあります。
たとえば有名な甲子園常連校は、優秀な選手が集められ、レギュラー争いがあり、練習時間もたっぷりですが、部員数が多く、ずっと球拾いをやるしかない子がいたり、試合に出られず能力を発揮できないまま三年間が終わってしまう子もいますね。

企業でも同じようなことが起こると思います。
僕のいた野球部は部員数が24人で甲子園に行くことができました。練習の時は人数が少ないですから、一人で何役もやるんです。バッティング練習の時には、バッターが終わったら、ピッチャーをやったりキャッチャーをやったり。球拾いや片付けもみんなで急いでやります。そういうことも真剣にやれば練習になるので、そんな風にみんなで協力しあって練習していました。

全体練習の時間も90分程度と少なく、あとは、朝晩30分ずつの自主練習の時間しかありませんでしたので、各自集中して、常に頭で考えて計画的に主体性を持って取り組んでいました。そして必ず二つ以上のポジションが守れるようにと練習していましたね。まさに、中小企業のようなチームでした。

そして、試合では、一人一人が与えられたポジションで自分の役割を果たし、全員が同じ中学校出身で寮生活で培ったチームワークにより本来持っている力以上のものが発揮され、夏の埼玉大会をノーシードから全7試合逆転勝利で甲子園の切符を手にしたのです。

 

警備業は社会的インフラ

中川:
就任直後にコロナの流行がありましたが、どのように状況を捉えていらっしゃいましたか?
三角:
精神的に厳しい状況でしたね。色々と考えました。今も状況は変わらずですが。外出自粛のため、様々な会合やお酒を飲む機会がなくなったので身体は健康ですけど。

各リーダーが主体的に積極的に動いてくれたのでとても助かりました。2月中旬にコロナ対策室を立ち上げ、社内チャットによる様々な情報を共有し、感染予防対策マニュアルを作成。現場の警備員の感染対策、内勤社員の感染対策、事務所が閉鎖された場合の業務フローの確認、消毒液、マスク等の確保。全社員へのマスクの配布。WEB会議システムの導入、リモートワークの推進、事業所間の移動の制限等を実施しました。今のところ弊社では感染者は出ていません。

そもそも警備業っていう業界自体、警備員の社会的評価がすごく低いと思うのです。
お給料も低いし、人からあまり尊敬されない。昔で言うところの3Kです。警備員に憧れている若い人、ってあまりいませんよね。
「警備員ってどういうイメージ?」って訊くと「道路にいる人」と答えられてしまう。

でもね、街中ではほぼ毎日、警備員を見ますし、警備会社のステッカーはあらゆるところに貼ってあります。銀行やコンビニのATMも警備会社が護っています。社会インフラとして欠かせない産業なんです。
安全が確保されないと安心した社会生活も送れないし、経済活動もできないわけですよ。安全安心という人間にとって究極的に必要不可欠な部分に係わる仕事だからこそ何とか売上を維持できている。だからこそ社会に必要とされる企業にならなくてはいけない。という風に捉えています。

中川:
ライブや舞台など楽しいところの裏側には必ず警備が入っていますもんね。
三角:
イベント警備の仕事はゼロになりましたけど、警備業者がいなかったら世の中は回っていかないわけです。

 

「自分が経営者じゃなくても会社を存続できるように」という想いを理念に込めた

中川:
三代目として就任されてから、会社を大きく変えたいと思うところはありますか?
三角:
大幅に変えたいとは思ってないですね。
中川:
社名やロゴも刷新して再スタートする経営者も多いと思います。
三角:
KSPって名前も会社の雰囲気も好きです。もう会社自体35年経ちますけど、私も20年以上働いていますし、両親や先輩方がやってきてくれたおかげでこうやって今があるわけです。

ただ、唯一変える必要があると思ったのは理念。社外的にも社内的にもわかりやすいものに変更しました。それでいて筋が通っている理念にしたい想いは心の中にありました。それとあわせて、創業者、二代目、三代目の共通する想いを残すというかたちで刷新をしました。

中川:
三代目ってキーマンになる印象があります。
三角:
徳川幕府も三代目家光が優秀だったから、約300年続く政権となったという説があります。
自分の代で誰もが理解できる理念に整え、自分が経営者じゃなくても会社を存続できるようにという想いを理念に表したかった。

創業者の想いも大事だと思うしリスペクトもあります。それは護ろうと。携わってきた人も含めてそこに感謝がないと経営に身も入らないと思うのですよね。結果、今まで一緒にしてきた経営理念を企業理念と経営理念と考動指針の3つに分けました。

企業理念は決定的なもので、会社の存在意義。経営理念は柔軟に変えられるもので、そのときの経営者、社長さんの想いが入っていい。と分けたのです。

 

白か黒かではなく中道を歩む

中川:
社長が大事にされている信念をお教えいただいてもよろしいですか?
三角:
警備の仕事は、白か黒かではなくて、真ん中ということです。仏教で言うところの中道を歩むという、真ん中をゆくという考えです。警察とは違うし、一般的に何の権限もないけど警察のような働きをするという。

警備はそこが素晴らしいと思っています、スポーツみたいに勝ち負けならばわかりやすくて良いのですけど、仕事ってそうじゃない。事件・事故を未然に防止する警備の仕事は、あえて白黒つけずに、誰も追い込まず、傷つけずに真ん中をゆくことによって生まれる信頼関係がある。そこから生まれる次の段階があったり、次の取引につながったりする。

真ん中に入って、関係するすべての人の身体・生命・財産を護るのが警備の仕事なんです。僕、Mr.Childrenが大好きで、『GIFT』って曲があるんですけど、白と黒のその間に無限の色が広がっているって歌詞があるんですよ。

中川:
たしかに働く方も色んな方がいますし、現場も色々ですもんね。
三角:
実は、私はファミリーレストランが好きなんです。つばめグリルやサイゼリヤもよく行くのですが、
特にロイヤルホストのあり方が好きです。高級レストランではないし、庶民的でもない。ちょっといい気分を味わえる雰囲気がいいんです。真ん中よりちょっと上のサービス、真ん中よりちょっと上の価格で満足できる。
中川:
まさに「中道を歩む」考え方ですね。似たような価値を提供したいですか?
三角:
そうですね。大手より値段は抑えて、お手頃にね。お客様の求める価値とうちのサービスのズレが無いように。さらにその期待を少し超えたサービスを提供できるように。この値段でこれだけやってくれるんだったらまたKSPにお願いしようかなって、そういうポジションに行けたらいいなと思います。
中川:
なるほど、今後が楽しみですね。今日はありがとうございました!

インタビュー&撮影:株式会社ディーアイケイ 中川 怜子

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